中国で今、静かなブームになっているのが「脳健康(脑健康)」である。
一見すると健康食品やサプリの話に見える。しかし実際には、中国社会が抱える高齢化、受験競争、過酷な労働環境という複数の問題が交差した結果として生まれた巨大市場だ。
魚油サプリやDHA、EPAの人気も、その文脈の中で理解する必要がある。
なぜ中国人はこれほど「脳」を気にするようになったのだろうか。
日本人が見落としがちな中国の前提
日本人が中国の健康食品市場を見ると、「高齢者が増えたから認知症対策商品が売れている」と考えがちだ。
もちろんそれも事実である。
しかし中国で脳健康市場が急成長している最大の理由は、高齢者だけではない。
若者もまた脳の衰えを恐れているのである。
中国SNSでは、
「最近物忘れがひどい」
「集中力が続かない」
「頭がぼんやりする」
「仕事の効率が落ちた」
といった投稿が珍しくない。
背景には慢性的な睡眠不足がある。
「996」が生んだ脳疲労社会
中国ではかつてIT業界を中心に「996」という働き方が話題になった。
朝9時から夜9時まで、週6日働くという意味である。
現在は規制も進んだが、長時間労働文化そのものは依然として残っている。
さらに中国の若者はスマホ利用時間も長い。
仕事、動画、SNS、ゲーム。
脳が休まる時間が少ない。
結果として、
- 記憶力低下
- 集中力低下
- 睡眠障害
- ストレス増加
への不安が広がっている。
つまり中国の脳健康市場は、高齢者向け市場であると同時に、働く若者向け市場でもあるのだ。
中国で魚油サプリが人気な理由
その中で人気を集めているのが魚油サプリである。
主成分はDHAとEPAだ。
日本では青魚を食べる文化があるため比較的身近な存在だが、中国では必ずしもそうではない。
内陸部では魚の消費量が少ない地域も多い。
また外食中心の生活では栄養バランスが偏りやすい。
そのため、「魚を食べる代わりに魚油サプリを飲む」という発想が広がっている。
特に中国では、
- 学生
- 会社員
- 妊婦
- 高齢者
まで幅広い層がDHAを意識している。
認知症大国になりつつある中国
さらに大きな背景が高齢化である。
中国の高齢者人口は急増している。
かつての一人っ子政策によって、「4人の祖父母と2人の親を1人の子供が支える」という構造も珍しくない。
認知症患者が増えれば家族への負担は非常に大きくなる。
そのため中国政府も認知症予防や早期発見を国家課題として位置付けている。
中国メディアでも、
- 脳トレ
- 運動
- 睡眠改善
- 栄養管理
が頻繁に取り上げられている。
脳健康市場の拡大は単なる流行ではなく、高齢化社会への備えでもあるのだ。
日本との違いはどこにあるのか
日本でも認知症への関心は高い。
しかし中国との大きな違いはスピードである。
日本は数十年かけて高齢化が進んだ。
一方、中国は豊かになる前に高齢化が始まっている。
つまり高齢化の準備期間が短い。
そのため中国では、「病気になってから考える」のではなく、「不安だから先に買う」という予防消費が強くなっている。
魚油サプリの人気も、その不安消費の一部なのである。
本当に魚油で頭は良くなるのか
ここで注意すべき点もある。
中国本土では近年、「魚油神話」への批判も増えている。
魚油やDHAは重要な栄養素だが、飲めば記憶力が劇的に向上する、飲めば認知症を防げるといった万能薬ではない。
中国メディアや専門家も過剰な宣伝に警鐘を鳴らしている。
つまり本当に重要なのは、
- 睡眠
- 運動
- 食生活
- ストレス管理
であり、サプリはその補助という位置付けで考えるべきだろう。
中国の脳健康市場はさらに拡大する
中国の脳健康ブームは一時的な流行ではない。
高齢化は今後も進む。
若者のストレスも簡単には解消されない。
さらにAI時代になれば、知的生産性への関心はますます高まる。
脳健康市場は、中国社会の不安を映す鏡なのである。
魚油サプリが売れているのは、魚油そのものが欲しいからではない。
人々が求めているのは、「将来も頭がしっかり働く安心感」なのである。

